秋田椿台カントリークラブ

〒010-1211 秋田県秋田市雄和椿川字奥椿袋235
TEL:018-886-8888 FAX:018-886-8088

●開場日 : 昭和48年4月29日
●コース : 9H / 3,500Y / P36(つばきコース)
       9H / 3,574Y / P36(さつきコース)
       9H / 3,397Y / P36(さくらコース)
●設計者 : 佐藤 昌(つばきコース・さつきコース)
       鈴木 利夫(さくらコース)


秋田椿台ゴルフクラブの成り立ち

 当クラブがある椿台は、慶応4年秋田佐竹藩の支藩、佐竹義諶が造った椿台城と城下町の跡地です。しかし、城と城下の建設半ばにして戊辰戦争になり、明治元年、秋田藩は新政府側につき、椿台一帯で激しい攻防が展開されたが防衛に成功。跡地の一部はコースの敷地となっています。

 現在の椿台台地は、ゴルフ場に隣接して秋田空港、七曲工業団地、国際教養大学など近代的な都市化が進んでおりますが、昭和46年春ごろまでは、アカシアや葦の繫茂するに任せた荒地でした。戦中、戦後の食糧難を乗り切ろうと陸稲や野菜など作付けしたが失敗、放置されていましたが一方で都市化は進みます。無計画な土地開発を恐れた旧雄和町(秋田市合併前)の工藤清一郎町長は、企業誘致第一号を探しあぐねて秋田魁新報社に相談、登場したのが秋田椿台CC構想でした。

 売りは″公害なき企業″。事業の立案、建設の中心となったのは『秋田魁新報社』編集局長の高田景次で、後に秋田市長となった人物でした。

 土地買収も、不動産業者は利用せず。地権者は、満州引揚者もいれば、1反歩程度の小さい地権者もいて、何町歩の土地持ちや、値上がり見込みで他人の土地を買い集めている人など、千差万別。それを素人スタッフが、賢明な交渉の末、85万平方メートル(約26万坪)を確保しました。

 昭和48年4月29日に完成した、秋田椿台カントリークラブ(コース18ホール・7,074ヤード・パー72)は「コースが広く思い切りスウィングができるので、上達が早くなる」など評判も上々でした。コースの設計を行ったのが佐藤昌。東京農大教授、日本造園学会長、戦前満州で新京GCを設計、大著『世界のゴルフコース発達史』を出版。学究派の設計者で、戦後は筑波CC(茨城県)など国内外に24コース設計した人物でした。

 会員募集は株主会員制。7株35万円で1,350名の会員を集め、㈱秋田椿台ゴルフクラブの資本金4億7,425万円を用意。用地買収、コース造成、クラブハウス建築費用のすべてを賄うことが出来ました。

 平成7年4月1日には、つばき5番ホール北側に新たに9ホールを増設し、さくらコース(3,397ヤード・パー36)をオープン。『つばきコース・さつきコース』で佐藤昌設計の現場監督を務めた鈴木利夫が設計を行いました。

高低差の少ない台地でゴルフ場に向いていた
開場後のコース(昭和48年頃)
建設予定地はアカシアと葦が茂る荒地だった

秋田椿台ゴルフクラブの歩み

1971年
昭和46年
秋田県秋田市大町一丁目2番6号に資本金4,375万円をもって会社を設立
1971年
昭和46年
秋田県河辺郡雄和町椿川字椿岱に300ヤード打ち放し練習場をオープン
1972年
昭和47年
「つばき」「さつき」18ホール完成 仮オープン
 旧雄和町(現秋田市)の企業誘致第1号として開発・造成された。
1973年 
昭和48年
秋田椿台カントリークラブオープン
4月29日(日)のオープン初日は184人のメンバーがプレー。
この日を記念し毎年「開場記念杯」が行われている。
1975年  
昭和50年
6月20、22日。日豪対抗プロゴルフマッチ開催:日本と豪州のトッププロが対戦。
豪州代表はグラハム・マーシュ、ピーター・トムソン、スチュワート・ジンら、日本側は杉原輝雄、青木功、村上隆ら5人ずつ。当時世界で活躍していたプロが熱戦を展開。
個人優勝したスチュワートの2日目69ストロークは当時のコースレコード。
1977年  
昭和52年
7月30、31日。日本プロゴルフ東西対抗戦:初日ダブルス、2日目シングルス戦。
東軍安田春雄、村上隆、新井規矩雄、尾崎将司、中島常幸、横島由一、小林富士夫ら、
西軍島田幸作、中村通、鈴木規夫、山本善隆、橘田規、前田新作、宮本省三ら10人ずつで争った。
中島と宮本が「68」のコースレコード。
1979年
昭和54年
岩城総合開発株式会社から岩城ゴルフ場の施設を賃借する契約を締結
(平成元年12月31日に賃借契約を合意解約)
1981年  
昭和56年
東北アマチュアゴルフ選手権競技
1983年  
昭和58年
セカンドハウス完成(10周年記念事業)
1984年  
昭和59年
第2回全国都道府県対抗アマチュアゴルフ選手権
1985年  
昭和60年
日本女子プロゴルフトーナメント・東北クイーンズゴルフ(椿台CCでは1986年、1989年にも開催)
85年優勝は具玉姫プロ、86年が中川和代プロ、89年は小林浩美プロ(現日本女子プロゴルフ協会会長)小林プロは89年の日本女子オープンでも優勝を果たし、翌年からアメリカンツアーに参戦した。
1991年  
平成3年
キャディハウス完成
1992年  
平成4年
9ホール増設工事着工
1994年
平成6年
秋田県秋田市山王臨海町1番1号に本店を移転
1995年  
平成7年
「さくら」コース完成。27ホールで営業開始。
2003年  
平成15年
第88回日本アマチュアゴルフ選手権競技
3日目の決勝トーナメントに進出したのは額賀辰徳、諸藤将次、池田勇太、津曲泰弦ら
現在の一線プロ(当時高校生、大学生)。優勝は甲斐慎太郎プロ(当時日体大)。
2005年
平成17年
市町村合併によりコースの住所が秋田県秋田市雄和椿川字奥椿岱235番地に変更
2007年  
平成19年
秋田わか杉国体・成年男子コースとなる
2009年  
平成21年
東北アマチュアゴルフ選手権競技
2012年
平成24年
秋田県秋田市雄和椿川字奥椿岱235番地に本店を移転
2021年
令和3年
東北アマチュアゴルフ選手権競技